病は気からではなく、うつ病は身体から?:『「うつ」は炎症で起きる』エドワード・ブルモア 、 草思社

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心と身体は別ものなのでしょうか?たしかに、プラトンやデカルトをお読みの方はそう考える方も多いでしょうが、『「うつ」は炎症で起きる』の著者は、「精神と身体は完全に別個のものだ」という心身二元論にとらわれてはならないと警告しています。病は気からという面もありますが、病は身体から起きている場合もあるのです。

「心の風邪」と言われるまでに身近になった「うつ病」ですが、十分に解明されているとはいいがたいのが現状です。ただし、うつ病の原因を自分の心の弱さやストレスと決めつけてしまうのは早計のようです。近年、体を免疫系というメカニズムによってつなぐ「神経免疫学」(あるいは「免疫精神医学」)という学問分野が発達してきました。実は、マクロファージやサイトカインといった免疫系物質は、うつ病の発症と密接に関係しており、炎症がうつ病の発症に関わり合いがあることを本書の研究は示唆しています。

目次

体が炎症を起こすと、心も炎症を起こす

「炎症が原因でうつ病が引き起こされる」という考えを理解するには、まず免疫の仕組みを理解する必要があります。体のなかに細菌が侵入した場合、体中の隅々に張り巡らせる防衛線の役割を果たすのがマクロファージです。マクロファージは敵の細菌に直接攻撃を加えるほか、同時にサイトカインを分泌することで、他のマクロファージに援軍に呼びます。しかし、免疫系が細菌の増殖を抑制するために攻撃を加える時、罪のない第三者を誤って攻撃してしまうことがあります。その際に分泌されるサイトカインが脳にまで到達すると、ミクログリアを活性化させ、脳にも影響を及ぼしてしまいます。つまり、炎症を起こしたことで産出されたサイトカインが血液に乗って体中をめぐり脳に達することで、炎症シグナルが脳の神経細胞に伝わると、「心も炎症を起こす」のです。

炎症とうつ病の因果関係を示す研究結果とは?

炎症とうつ病の因果関係を調べる方法としては、一定期間にわたり、同じ人のサイトカイン濃度と気分状態をくりかえし測定するというやり方があります。たとえば2014年の南西イングランド生まれの1万5000人の子どもを対象とした研究によると、9歳時点でのサイトカイン濃度の値が全体の上位3分の1以内に入った子どもは、その時点でサイトカイン濃度が低い子どもと比べ、18歳時点でのうつ病になる確率はおよそ1.5倍でした。9歳の時点だと、サイトカイン濃度が高い子どもたちも、より炎症の少ない他の子どもと同様にうつ病ではなかったにもかかわらず、です。彼らがうつ状態になったのは、炎症を起こした後だったのです。しかも、うつ病歴のある患者のほうが、インターフェロン治療後にうつ状態になる可能性は高いという研究もあります。ここから、炎症に対して抑うつ的な反応を示す遺伝的素質を持っているためということが明らかになります。

炎症・うつ病をを引き起こす危険因子―肥満、老化、ストレス

炎症リスクを増大させ、うつ病を引き起こす危険因子はどのようなものがあるでしょうか。たとえば、肥満は炎症の原因になると同時に、うつ病のリスクを高めると考えられています。脂肪細胞の60%はマクロファージであり、肥満の人は痩せている人に比べて、血中のサイトカイン濃度が高いのです。そのうえ、体型を気にする文化の場合、見た目を批判されたり気にしすぎたりすることも、うつの原因になり得ます。また、年齢もうつ病の危険因子である。年を取るほど体は炎症を起こしやすくなり、サイトカイン濃度は高くなっていきます。さらに年齢とともに死へと着実に近づくことから、不安や憂うつになりやすいも言えそうです。うつ病においてもっともよく知られている因子がストレスです。特に、大切な関係の喪失と社会的拒絶の両方が同時に起きたとき、人は最大のストレスを感じます。ストレスのかかる出来事は、免疫系にも多大な影響を与え、マクロファージを活性化させ、より多くの炎症性サイトカインを、血液中に放出してしまのです。

そもそも、なぜ人はうつ病になるのか?

そもそも、なぜ人はうつ病になるのでしょうか。進化は遺伝子の自然選択の結果です。うつ病の人は短命かつ慢性疾患を持っていることが多く、就業率も低いうえに子供が少ない傾向にありますが、うつ病が自然選択されているのなら、人類にとって何か有利になる面があるはずではないでしょうか。仮説としては、生命を脅かす最大のリスクは感染症が挙げられます。足元はコロナウイルス蔓延が驚異ですが、原始・古代・中世は様々な感染症が、私たちの祖先を苦しめました。免疫を活発化するためにマクロファージを怒らせ、サイトカインのシグナルを強くする遺伝子が有利に働いたことは容易に想像できます。さらに、炎症を起こした患者を「社会的引きこもり」というかたちで、伝染病予防のための隔離状態に置けたことも有利に作用した可能性もあります。このように考えると、患者個人のDNAのためだけでなく、部族全体のDNAの生き残りのため、炎症によって引き起こされる疾病行動が自然選択されたといえるのではないでしょうか。

これからの「うつ病」治療の未来

現在はうつ病患者に対して、ひとまずプロザックを処方するという処置がとられています。しかし、今後は炎症の検査をすることでうつ病のタイプを診断し、それぞれの患者にあった薬が処方されるようになるといったアプローチも可能になるだろう。すでに認可されている抗炎症薬を、うつ病治療に応用する試みも加速しそうだ。また、うつ病以外のアルツハイマー型認知症などにも、免疫療法が貢献する可能性はあります。21世紀における最大の健康問題を解決するためには、心と身体の垣根を超えた治療法が求められているのです。

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この記事を書いた人

・現役世代を元気にしたいとの思いで新ブログを立ち上げ!
・本は2000冊以上読破、エッセンスを還元いたします
・金融機関で営業・調査部隊双方を経験。
・バックグラウンドは歴史とMBA

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