元気なうちに読んでおきたい貴重なうつ病当事者手記:「うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間」先崎学

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うつ病回復期末期の患者が、リハビリも兼ねて書いた希少な当事者手記。元気なうちに読んでいたほうが良い1冊です。なにせ、誰でもうつ病に陥る可能性はありうるのですから。凄まじい熾烈な戦いを繰り広げて棋士生活30年、勝ち星を積み上げ九段にまで至った将棋のプロでさえ、うつ病にかかる。藤井聡太ブームの裏で、(より濃い将棋ファンの人向けにいうと)中村太地王座誕生前夜の頃、うつ病に苦しんでいた棋士がいました。先崎学九段です。実兄が精神科医、妻が囲碁棋士、慶応大学病院に入院できたなど好条件があったものの、復帰には8カ月以上を要したことから、うつ病は容易ならぬ事態であることが伺いしれます。大きく5つのポイントを軸に見ていきましょう。

目次

うつ病の症状とは一体どのようなものか?

先崎九段の場合においては、うつ病の症状についてこう述べています。「うつ病の頭には死のイメージが駆け巡るのだ。うつ病の朝の辛さは筆舌に尽くしがたい。あなたが考えている最高にどんよりした気分の十倍と思っていいだろう。まず、ベッドから起きあがるのに最短でも十分はかかる。ひどい時には三十分。その間、体全体が重く、だるく、頭の中は真っ暗である。仕方がないのでソファーに横になるが、もう眠ることはできない。ただじっと横になっているだけである。頭の中には、人間が考える最も暗いこと、そう、死のイメージが駆け巡る。私の場合、高い所から飛び降りるとか、電車に飛び込むなどのイメージがよく浮かんだ。つまるところ、うつ病とは死にたがる病気であるという。まさにその通りであった。」

生々しい緊迫感ある描写が前半は続きます。冷静かつシビアな筆致で、自分自身の考えるプロセスに向き合うのは相当に骨が折れたことでしょう。三浦弘行九段の冤罪騒動に揺れる中、本業と著述業の傍ら「3月のライオン」のプロモーション活動などに東奔西走した著者が、突如としてうつ病を発症。名エッセイストとしても知られる著者が感情を失っていき、週刊誌の文章を読むことさえままならない様子には、読む方も辛いです。来訪した棋士に対して盤上はどんな感じかと聞くと「雁木がすごく流行っています」と言われても、なんと、興味が湧かない。この記述も将棋ファンには衝撃的でしょう。

実兄・精神科医の先崎章さんの励ましの言葉

中盤は回復に向かう苦悩が描かれますが、行きつ戻りつしながらも快方へと向かっていく様子なので、読んでいて安心感があります。私としては中野の「メーヤウ」の記述が懐かしかったです。奥様や将棋棋士の同僚たちの支えも大きい一方で、実兄の精神科医先崎章さんの言葉が、随所でやはり大きな支えになっています。時に方便も交えながらも、本音の言葉で寄り添ってくれるプロの身内の言葉が、印象的です。代表的なものを引用してみましょう。

「人間は不思議なことに誰でもうつ病になるけど、不思議なことにそれを治す自然治癒力を誰でも持っている」「精神科医というのは患者を自殺させないというためだけにいるんだ」「うつは眠れていれば、必ず良い方向に進んでゆく」

「人間というのは自分の理性でわからない物事に直面すると、自然と遠ざかるようにできているんだ。うつ病というのはまさにそれだ。何が苦しいのか、まわりは全くわからない。いくら病気についての知識が普及したところで、どこまでいっても当事者以外には理解できない病気なんだよ。」

「偏見はなくならないよ。だけど、そのことを知っていながら世の中に対し立ち向かう医者もいる。尊敬するよ。でも、たいがいの医者は目の前の患者を救うことに忙しすぎて、底までできないんだ。歯がゆいよ。だいたい、いまだに心の病気といわれている。うつ病は完全に脳の病気なのに。」

うつ病の人にどう向き合うべきか

著者の先崎九段によると、大きな声で喋りかけられるのが辛かったと言う。頑張れと言ってはいけないとよく言われるが、強い調子で言われるのが辛いのであって、友人から軽い調子で頑張れと言われる分には気にならないのだという。著者の体験に基づくワンポイントアドバイスは以下の通りです。

「もっとも嬉しいのは、みんな待ってますという一言だった。うつの人の見舞いに行くときはこの一言で充分である。うつの人は自分なんて誰にも愛されていないのだと思うので、みんなあなたが好きなんだということをいわれるのが、たまらなく嬉しいのである。あとはできれば小さな声ではなし、暗い人間を元気づけようと明るいことをはなさないようにすれば完璧である。」

先崎九段の生きる決意、闘争心の源

「東北の障害者施設へ行った時のこと、忘れられない光景があった。朝の十時ごろに将棋のNHK杯がはじまると、入所者の男性の多くが群がるようにテレビに集まってくるのだ。様々な障害を持った人たちが、今日はどっちが勝つか、次にどう指すかで元気よく喋っている。所員の人にこんなことは週一度のこの時間しかありえないといわれた。筋ジストロフィー患者の施設にもよく行った。毎年訪問していると、少しずついなくなる子が多くなってゆく。一期一会の将棋を一生懸命に指したものである。別れぎわに「来年も来てくださいね」と十代の子に言われる。自分が来年まで生きられるかどうか分からないことを、その子が知っているのはいうまでもない。将棋は、弱者、マイノリティーのためのゲームだと信じて生きてきた。国籍、性別、肉体的なことから一切公平なゲーム、それが将棋だ。私は、その将棋のプロであることに誇りを持って生きてきた。うつ病になったのをまわりに隠さず、病院にも皆に来てもらったのは、こうした私の思想的バックボーンがあったからだ。そしてこの本を書く有力な動機にもなった。兄の言葉を借りるまでもなく、差別的な偏見はなくならない。ただし、まるごと空洞化することはできると思う。それには、皆が堂々と生きることである。まともに生きれば良い。まともに生きている人間を馬鹿にする奴はまともではない。馬鹿である。」

先崎九段は将棋でうつを治した

兄の勧めで、退院後は神社、公園、図書館への散歩に昼間はなるべく取り組む先崎九段ですが、小学校の3、4年生の時から息を吸うようにできた7手詰めが詰まないという絶望的な事態に陥ります。うつ病は脳の病気とはいえ、プロの頭脳をここまで蝕んでしまうものなのか、という気持ちになります。泣きながら5手詰めの本にランクダウンし、池のほとりで地道に詰将棋に取り組む様子が一番胸を打ったシーンでした。回復途上では練習将棋で同門の後輩(将棋ファンならお察しの通り、米長哲学ですね)中村太地王座から1勝をなんとかもぎ取る。「自分は将棋が強いんだという自信だけで世の中を生きてきたのである。勝ち負けとか金とか以前に、将棋が強いという自信は自分の人生のすべてだった。」「医学的な見解は知らないが、私は将棋でうつを治したのだ。」と本書で述懐しています。凄まじい執念で、勝負師ならではのうつ病との戦い方と言えるでしょう。

以上、5点を軸にして、本文の記述を振り返りつつご紹介してきました。周囲の理解という点に関して、うつ病はまだまだしっかり知られているわけではありません。知的頭脳スポーツに命を燃やす人でさえ、好条件下であっても厳しい精神的・物理的な闘病を強いられるのです。うつ病の当事者が読むには、もちろん再現性の観点から参考になるかはわからないですが、一つの例として将棋ファンや「3月のライオン」読者のみならず、周囲の人や元気な人は読んでおいて損はない1冊です。復帰後の先崎学九段は、19年度は9勝20敗と3割の勝率をマークしました。今後の増々のご活躍をお祈りします。

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この記事を書いた人

・現役世代を元気にしたいとの思いで新ブログを立ち上げ!
・本は2000冊以上読破、エッセンスを還元いたします
・金融機関で営業・調査部隊双方を経験。
・バックグラウンドは歴史とMBA

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