「睡眠こそ最強の解決策である」という頼もしいタイトルの本書は、睡眠を科学的に解説し、睡眠との正しい向き合い方を提案しています。ともすると、俗説も多い分野だけに、科学的な知見にしっかり触れるにはちょうどよい本です。著者のマシュー・ウォーカー(Matthew Walker)氏は、カリフォルニア大学バークレー校教授で、睡眠の科学を研究しています。著者や先人たちの様々な研究の成果によると、睡眠を十分に取れば、肥満や病気に打ち勝てるだけでなく、記憶力や運動スキルまで高まるのだそうです。それは逆に言うと、睡眠を十分に取らないと、さまざまなリスクが高まるということでもあります。
睡眠は、健康にも大きな影響を与えます。そのひとつは、睡眠不足による肥満です。食欲をコントロールするホルモンに「レプチン」と「グレリン」があります。満腹信号を出すレプチンが血中に増えると、満腹を感じて何も食べたくなくなり、逆に強い空腹感の引き金になるグレリンが血中に増えると食欲が増進するのです。レプチンが減少しすぎるか、グレリンが増加しすぎると、食べる量が増えて体重が増えてしまいます。シカゴ大学のイヴン・コーター博士の研究によると、食事内容と活動量を変えず、ただ睡眠時間を少なくしただけで、4〜5時間の睡眠だと食欲が大幅に増えることがわかっています。
肥満防止以外の理由からも、睡眠時間は6時間はほしいところです。たとえば、記憶力の観点です。睡眠紡錘波が多いほど記憶力の回復が大きいのですが、睡眠時間が6時間以下になると、睡眠紡錘波にきちんとした活動の時間を与えないことになってしまいます。さらに、睡眠時間が6時間を切るようになると、さまざまな問題が生じてきます。たとえば、肉体が疲労するまでの時間が10~30%短くなり、心肺機能も著しく低下します。四肢を伸ばす力と垂直跳びの高さも低下、筋力のピークが下がり、筋力を維持する力も下がってしまいます。睡眠によって、体内の一般的な炎症が消え筋肉の修復が進み、グルコースとグリコーゲンという形で細胞のエネルギーを回復することができる点も重要です。記憶力や運動といった心身両面のパフォーマンスを保つには6時間以上の睡眠を保つ必要がありそうです。
より質の高い睡眠を取る方法は色々とありますが、著者が考えるオススメの方法は「平日、休日にかかわらず、毎日同じ時間に寝て、同じ時間に起きる」ことです(関連記事:人生をコントロールするにはまず早起きから:「昨日も22時に寝たので僕の人生は無敵です 明日が変わる大人の早起き術」井上皓史、小学館)。また、(寝る2~3時間前に)定期的に運動すると、トータルの睡眠時間が長くなり(とりわけノンレム睡眠が長くなり)、睡眠の質も高まります。
寝る前にカフェインを取らないほうがいい、日中に日光を浴びよう、寝室にスマホを持ち込まないなど一般的な実感について、本書は様々な研究成果によって補強してくれます。最後に睡眠に関して明るいデータを紹介しましょう。経済学者であるマシュー・ギブソンとジェフリー・シュレーが、全米の労働者と賃金を調べたところ、平均して睡眠時間が多いほど収入も多くなることを発見したというのも驚きの事実です。1時間多く睡眠を取る人の収入は、全体平均と比べて約4〜5%高いのだとか。6時間以上の睡眠をしっかり確保するためには計画的な動きが必要だと思いますが、1日のタイムマネジメントが出来る人は、睡眠時間も確保できて、高い収入も手にしているとも言えると思います。睡眠時間の確保はライフデザインでもあるのです。なにせ、私達は人生の3分の1は寝ているのですから。