「アドラーに学ぶ職場コミュニケーションの心理学」には、職場というストレスフルな環境の中で生き抜くには本書は有用な示唆が多数あります。要点を大雑把に言うと、「距離感と「分離」が重要なキーワードです。退職の理由というのは、概ね人間関係に起因する事が多いというのはよく言われますが、自分を守るために一読の価値があります。数あるアドラー心理学の本でも、最初に読んでおくのにちょうどよい1冊です。
本書は良好なコミュニケーションの鍵は「距離感」であると見て、「課題の分離」をまず提言しています。言い換えると、「それは誰の課題か?」という問いを大切にするということです。たとえば、親が子どもに対して、「勉強しなさい」と叱るのことは多いですが、本質的に問うべきは「勉強をするか、しないか」は誰の課題かなのです。
「それは誰の課題か?」に対する答えは、結果の責任を引き受けるのは誰か?です。この例で言うならば、「勉強をしなかったことによる結果の責任を引き受けるのは誰か?」と問えばよいのです。答えは明確で、それは親ではなく子どもということになります。したがって「勉強をするか、しないか」は、本来、子どもの課題であることがわかります。
別の例で考えると、「後輩が落ち込まないように」モノを言うべき場面があるとして、アドラー心理学では、「後輩が落ち込む」ことは後輩の課題であり、私の課題ではない、と考えます。そのため、後輩が落ち込んでいることを「背負う」のは、私の課題ではなく、相手の課題を「背負う」こと、すなわち課題の分離ができていない、ということになります。
もしも、同じシチュエーションで同じ叱られ方をしたとしても、すべての人が落ち込むわけではありません。発奮して頑張る人もいれば、すぐに忘れてニコニコする人もいる。落ち込んだとしても、あなたの後輩は自分の意志で、自分の課題として落ち込むことを選んだわけです。これは、あなたのではなく後輩の課題なのです。
しかし、だからといって無反省でいればいいというものでもありません。「後輩に対するモノの言い方が少しキツすぎたかな」ともし思うのなら、それを改めればいいのです。なぜならそれは、「あなたの課題」だからです。したがって、「モノの言い方に気をつける」という「自分の課題」にだけ集中すれいいのです。結局のところ、「相手の機嫌」という「相手の課題」をごちゃ混ぜにしてしまうから、ややこしくなります。たとえば、この場合は無下にした言い方ではなく、「こうやればうまくいくよ」「こんな風にできるといいね」といった「理想やビジョンを示す」などの工夫も一つの手です。
また、行為と人(行為者)を分離するという考え方も重要です。遅刻という「行為」を人と結びつけて「人」を責めるのと、「遅刻をした事実」すなわち「行為」のみを指摘するのはコミュニケーションにおいて大きな違いをもたらします。「行為と人(行為者)を分離する」ことは常に意識すべきポイントです。
さらに、相手を下位、劣位、負け、誤りと縦の関係で定義し、相手を変えようとする限り、良いコミュニケーションは不可能で不毛なことです。それに対して、相手と自分を対等な横の関係で定義し、相手を変えようとせずに自分が変わろうとすることは、より良いコミュニケーションに必須の考え方であると言えるでしょう。
「過去と他人を変えることはできない。しかし未来と自分を変えることはできる。」とはアドラーの影響を大きく受け、その後独自の理論を展開したエリック・バーンの言葉です。また、アドラー心理学では「相手を操作し変えようとするのは非建設的な行動であり、自分を変えることが建設的な行動である」というのも重要な指摘と言えます。
発明家のトーマス・エジソンはこうも言っています。「私は失敗したことがない。ただ、うまくいかない一万通りの方法を見つけただけである。」。このように物事を別な角度から見ることで、意味付けを変える行為を、アドラー心理学の影響を受けた心理学者のアルバート・エリスは「リフレーミング」と呼びます。たとえば、人の性格に関して言うならば、「ノロマではなく、慎重である。」「冷たいのではなく、客観的である。」とも言えます。このように別な角度から見ることで、別の意味を発見する事ができ、多面的な捉え方が可能です。
相手に意見を言う場合。ユー・メッセージとアイ・メッセージがあります。ユー・メッセージはどちらかというと理性的・断定的で上から目線になりがちな一方で、アイ・メッセージはそれと反対に、情緒的・婉曲的で、横から目線の傾向にあります。電話をさせたいという状況があるとして、「あなたは事前に電話をするべきだ」が「ユー・メッセージ」、「私は事前に電話を貰えたらとても嬉しいな。」が「アイ・メッセージ」。ずいぶん印象が違いますよね?。
また、「ノー」という場面は、DESC法というやり方があります。
・客観的に描写する(Describe)」
「私は3日後が納期のA社のしごとをやっていて」
・主観を表明する(Express)
「手一杯で余裕が無いのです。」
・共感する(Empathy)
「お急ぎなのはわかりますが」
・具体的に提案する(Specify)
「他の方にお願いしてもらえますか」
・代替案を提示する(Choose)
「もし1週間でもよければお手伝いすることも可能です。」
このように、「ノー」の言い方を変えるだけで、驚くほど建設的で、上品な応対になることがおわかりいただけるでしょう。以上のように、「アドラーに学ぶ職場コミュニケーションの心理学」は、アドラー心理学の要諦を職場仕様にエッセンスを抽出した1冊です。あなたのコミュニケーションの一段の向上にきっと役立ってくれると期待しています。