日本経済の現状、将来を冷徹に見据える一冊。「今の日本に足りないのは希望ではなく、変えなければ未来がないという絶望ではないか」という逆説的な意見提示は、潔く大胆で、ある意味清々しいです。2009年に書かれた本ではありますが、本書が指摘する問題点は、残念なことに今なお現役なので、読む価値があります。雇用問題や景気対策など経済問題から格差などの社会問題や硬直化した官僚の組織論、なぜ日本人はリスクを取らないのか、といった文化論まで幅広く日本の抱える諸問題を分析しています。
知ることは、考えることにつながります。しかし、今のテレビや新聞は流す通説や、出来事のイメージ、安易な解釈は考える材料を提供していないように見えます。論点の取捨選択や優先順位において、間違ったバイアスをかけて大衆に情報を提供していることさえありますしたがって、今日本が直面している、あるいは今まで直面してきた問題の本質を考え直さなくてはなりません。よく言われる通説的キーワード「格差社会」「構造改革」等についても、マスメディアによる言葉のイメージ化のベールを引き剥がしています。
さらに、格差は小泉・竹中の構造改革のせい、派遣社員やワーキングプア、モノづくりが大切だ、金融工学は悪といった、これまたマスメディアの論調に対しても、真っ向から持論を展開しています。統計的なデータや事実に基づいて分析がなされているため、党派的なイデオロギーに基づく空虚な言説ではなく、説得力があります
断片的に内容を紹介すると、例えば、いわゆる格差社会の遠因は、正社員を過剰に保護する雇用制度・慣習だと喝破し、解雇規制の強さが失業率を押し上げると述べている(2009年、執筆時点)。また世代間の格差についても言及しています。潰れるべきITゼネコンや金融機関が生き残り、また、ものづくりの優位性も衰退したことなど、日本の産業構造に関する深い論考も注目すべき点でしょう。老朽化した日本の産業構造をどうするかが今後の課題であり、短期的な経済政策よりも重要なことといえます。金融・財政についての分析も興味深いです。
2009年当時の様々な問題や、失われた20年をかなり網羅し、それでいて内容は濃密で歯ごたえのある本です。ありきたりの言い方をすれば、”必読書”とさえいえるでしょう。特に、テレビのニュースの情報にしかさらされてない人は読まないとまずいように見えます。経済リテラシーを身につけるためにも重要ですし、また、すでに経済リテラシーのある人が論考の材料や批判対象にするためにも読むべきでしょう。なぜなら、価値ある本は、批判されることでさらに価値を増すからです。しかも本書の論点は今なお現在進行中なのです。いずれ向き合わなければいけません。
加えて言えば、政治家や官僚、新聞記者にも読んでほしい。この層の認識や問題の捉え方が変わらないと、日本は良くならないからです。政局ばかりが問題になっていて、政策が論じられていないのは今でも変わってません。とはいえ、もはや政治家や官僚の手に負える範疇は超えているという見方もできます。したがって、国民一人一人が「明日は良くなる」という成長時代の幻想を捨て、根本的な意識改革をする必要があります。これからの日本を長期的に考える上でも、古い考えや通説に惑わされず、日本の実態を再考する端緒として、本書はオススメです。経済への関心や日本社会の問題を考える際には、とても参考になります。