情動の制御、特に怒りを抑えることはあらゆる人間関係で重要です。仕事でも家庭でも学校でも、あらゆる場面で怒りに向き合い、どのようにアウトプットするかは、周りからの評価を決めます。
今や癇癪を起こす管理職はアンガーマネジメントができないマネジャーと見做されるのです。怒りの表明によって、パワーによるマネジメントを行うのは過去の話となりました。2019年5月に改正労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)が成立。改正法は、大企業では2020年6月、中小企業では2022年4月から施行されます。この意味でも怒りを抑えることは大切です。
今日ご紹介するのは、セネカ「怒りについて」(岩波文庫)です。2000年近く前に書かれた本ですが、あなたに向けても書かれた古典です。人間の悪徳の一つは、怒りの感情。今風に言えば本書は「セネカが教えるアンガーマネジメント術」と言えるでしょう。私は10代の頃はあらゆる世の理不尽に起こっていたような気がしますが、この本を読んで怒らないことを決めました。
セネカといえば、ネロ帝に仕えたローマの哲学者・政治家・実業家(悲劇の著者でもある)という端的な説明だけで、何とも大変な人生を歩んだ人であることが伺い知れます。あらゆる哲学者は人間であり、悪徳とは無縁ではないですが、それゆえ人間味のある文章です。自分自身の悪徳と向き合い、どう克服するか、手紙の体裁をとりながら切実に書かれています。3つのポイントを中心に見ていきましょう。
ポイント①:自他の時間を無駄にするから怒りは無駄
怒ることほど無駄なことはありません。セネカはこう言います。
「何ゆえにわれわれは、まるで永遠の世界にでも生まれたかのように、いつも好んで怒りをぶちまけ、きわめて短い一生を駄目にするのか。何ゆえにわれわれは、高貴な楽しみのために費やすべき日々を、好んで他人の悩み苦しみのために向けるか。そのような財産の浪費は認められないし、また時間の損失も許されない」
SNSをはけ口に怒っている人、たくさん見かけますよね。でも、怒りは何を生み出すのでしょうか?怒る人も、見る人も時間の無駄です。怒りを抑えれば、もっと生産的なことを考える習慣を身につけることが可能です。しかも、人間関係悪化のリスクも大きく低減できます。
ポイント②:怒りは自然に湧くものではない、自分が制御できる
怒るのは無駄?うん、それはわかってる、でも怒らずにはいられない。そういう人たち、すなわち私たち読者に、セネカはおせっかいなくらいに多様な説明を試みながら言葉を連ねます。
「われわれの見解では、怒りは決してそれ自身で発するものではない。心が賛同してからである。なぜなら、不正をこうむった、という表象を受け取ること、それに対する復讐を熱望すること、さらに、二つのこと、自分は害されてはならなかったということ、報復が果たされなければならないということ、と結びつけるのは、われわれの意志なしに惹起される類の衝動に属してはいないからである。そして衝動は単純である。これに対して、われわれの場合は複雑であり、多くの要素を含んでいる。何かを理解した。憤慨した。断罪した。復讐する。これらは、次々に接触してくる事柄に対して心が同意したという事態なくしては生じえない。」
怒り自体は自然に出てくるものではなく、私たちの心が怒りに同意するとき、怒りは立ち現れるのです。
ポイント③:人の振り見て我が振り直せ
人の振り見て我が振り直せ、に近い言及も見られます。
「たいていの人間は、犯された罪にではなく、罪を犯した者のほうに怒る。われわれはみずからを振り返って自分自身に考察を向ければ、ずっと穏便になれるだろう。」
現代のニュースメディアやSNSの情勢を考えると、かなり重要な指摘に思えます。
では、以上の3つのポイントを踏まえて怒りにどう対処するか。セネカが提示する現実的な対処はこうです。「怒りに対する最良の対処法は、遅延である。怒りは最初にこのことを、許すためではなく、判断するために求めて来る。怒りには、はじめは、激しい突進がある。待っているうちに熄むだろう。全部取り去ろうとしてはならない。一部ずつ摘み取っていけば、怒り全体を征服できるだろう。」
怒りの感情の猛タックルをがっちり受け止めて、いなす。最初の湧き出た感情を判断することが重要です。セネカは怒りの原因と思われるものをたやすく認めてはならないと戒めています。
「怒りの原因は、不正を受けたという思い込みであるが、容易にそれを信じてはならない。明々白々な場合ですら、ただちに受け入れてはならない。偽りの中には、真実の姿を装うものがあるからだ。」
遅延、判断。セネカの慧眼は現代の科学的な対処法にも通じています。日本アンガーマネジメント協会によると、怒りのピークは6秒と言われており、その6秒間に絶対に行ってはいけないのは「反射的に言動をとること」です。まずは言葉を飲み込み、深呼吸をして落ち着きましょう。
さて、怒りをマネジメントすることは大切ですが、それをむやみに溜め込み過ぎないこともまた考えなければなりません。もちろん、むやみに声を荒げたり口論になったりしてしまわないよう、上手に怒りを表現することが人間関係を構築するうえでは必要な局面もあるでしょう。脊髄反射で答えず、「遅延→判断→呼吸→喉から出かかった言葉の言い換え」が必要な時もあるかもしれません。トラブルに繋げずに「生産的に正しく怒りの形を表現する」テクニックは社会人であれ、誰であれ、世渡りに必要な技術です。単に言葉や表情に出さない、だけでも十分な正解でしょう。この文章を読んで、スマートに仕事や人間関係をマネジメントするあなたには、きっとできるはずです。