非合理性とうまく付き合うために知っておきたい5つのポイントを今日はまとめます。まず前置きを簡単に。ダン・アリエリー「不合理だからうまくいく: 行動経済学で「人を動かす」』 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) は、人間が不合理な決断を下してしまう理由を楽しく解き明かしてくれます!
たとえば、「超高額ボーナスは社員のやる気に逆効果?」「水を加えるだけのケーキミックスが売れなかったわけは?」「子供に野菜を食べさせる秘訣は?」「お金をかけるなら『家具』と『旅行』のどっち?」など愉快で様々。「予想通りに不合理」の続編として、パワーアップしています。
経済学では、合理的な人間を想定するのが基本ですが、一方で、現実には私達人間は必ずしも合理的に行動するわけでもないのもまた事実。では、いったいどのような不合理性が人間の行動には含まれているか?それが本書のテーマです。
第1のポイント:お金だけでやる気が出るわけでもない
まずは、お金と報酬(給料)の話からです。ふつう報酬が高くなるほど成績・実績も上がるように思えますが、実際には高すぎる報酬は逆効果になることがあります。特に単純な課題よりも認知スキルが要求される課題の場合にこの傾向が強いのだとか。
例えば、高額の報酬をもらう金融業界の人に、お金によって極めて強いインセンティブが本当に働いているかについては、筆者は懐疑的です。たしかに、つまらない単純な労働ではやればやるほどお金が貰えたら、やる気が出そうな気がするのは分かる話。
それに対して、如何に高額の報酬をもらえるとしても、ある水準からはモチベーションに占める金銭的なインセンティブがあまり増えなくなりそうというのは、直感的に理解しやすいことです。いわゆる「限界効用逓減の法則(財の消費量が増えるにつれて、財の追加消費分(限界消費分)から得られる効用は次第に小さくなる」を考えても、妥当に思えます。
第2のポイント:仕事への意味づけがモチベーションにつながる
意外なことに、金銭的報酬だけでなく、社会的報酬(人に認められる)などについても高すぎる報酬は逆効果なのだそうです。とはいえ、やる仕事に意味があるかどうか自体は、とても重要で、それがどんなささやかな意味でも、モチベーションに大きな違いが生じます。
チャップリンの「モダン・タイムス」という映画では、ひたすらねじ回しを繰り返す作業の末に発狂してしまう労働者をコミカルに描いてますが、意味付けを持てない仕事はやっぱりやりたくないですよね。したがって、仕事へ意味を与えることでモチベーションを高める機会はある以上、やりたくない日々のタスクを片付ける方法にこのことを応用したいところです。意味を与えるのはお客様や同僚、上司だけでなく、自分自身でもあるのです。
第3のポイント:愛着のバイアスの裏表に留意
何かをやり遂げたあとに感じる快感を、うまく癖にできれば、良い習慣になります。人間は労力をかけて何かをこしらえると、その作品に愛着を感じ過大評価するようになりためです(本書ではイケア効果と呼んでいます)。マーケティングの観点からは、カスタマイゼーションの手間と、お手軽さとのバランスをうまく図れば、顧客が大きな価値を見いだせるサービスや製品が生み出せる可能性がありそうです。
しかし、その一方で、自分で生み出したアイデアには愛着を感じ、高く評価してしまう自前主義バイアスがあり、これは自分が考えたという思い込みでも生じます。また、愛着が強すぎると、他人の優れたアイデアを排除してしまう恐れがあります。こうした点を踏まえた上で、自前主義バイアスを利用して、目の前の課題に打ちこめるよう、工夫するといいですね。
第4のポイント:人間の感情は事態に順応していく
感情については、人生を変えるほどの大きな出来事にも、いつか順応するとダン・アリエリーは言っています。「時間がやわらげてくれないような悲しみはひとつもない。」とキケロが言っているのと同様です。
また、良いことが起きても思ったほど幸せにはならないし、悪いことが起きてもそれほど不幸にもならないのだと筆者は言います。これも、「恐怖の数の方が実際の危険の数より常に多い」とセネカの言葉に通じるものがあります。
さらに、順応するプロセスを中断すると、順応が遅くなるので、これを利用して、厄介なことは一気に片付け、楽しいことは休み休みやれば、満足度が大いに高まるとも言っています。これも、得よりも損を過大に見積もりがちな人間の心性に合致しています。(プロスペクト理論)
他にも順応の例として、容姿に恵まれた人は恵まれた人同士、恵まれない人は恵まれない人同士で付き合うことが多いということが挙げられます。容姿に恵まれない人は、外見以外の魅力を重視することで、現実に順応していくのです。言い換えると、容姿を絶対的な価値基準とするのではなく、判断基準を増やして相対化することで事態に順応しているのです。
第5のポイント:顔のある犠牲者効果にご用心
人は大勢の苦しみより、一人の苦しみの方に心を動かされるようにできています。抽象的な情報よりも、具体的に見えるもののほうが人間は理解しやすいのでしょう。筆者はこのことを、顔のある犠牲者効果と言っています。テレビや新聞、ネットメディアの報道の作り方を少し思い出すとわかると思います。知らず知らずのうちにこうしたバイアスに我々は囚われているので、心の内で意識する必要があります。
とはいえ、実はこの非合理性も悪いことばかりではありません。心理的に近い存在、鮮明な出来事、自分の行動の違いが大きな違いを生むという確信によって、人間の感情のスイッチが入ります。人助けの行動を起こすことは、たしかに近視眼的で視野狭窄に見えます。しかし、それが人間の心のメカニズムであれば、この性質をせめて良い方向へ向けていくのが次善のやり方でしょう。
以上で、5つのポイントをまとめてきました。人間には数々の非合理な性質があります。しかし、単に非合理であるから良くないというわけではなく、良い面もあるわけです。もちろん、マイナスの面もあるけれども、それはそれとして、非合理性とうまく付き合っていく。例えば生きる姿勢としても、あるいはものを考える材料としても、本書の知見を活用していけるでしょう。本書の原題は、「The Upside of Irrationality」。不合理性のいい部分に目を向け、活用すると、人生が良い方向に向いていきます。