主体性が脅かされる時代、現役世代もシニア世代も知的再武装の時!:「知的再武装 60のヒント」池上 彰、佐藤 優、 文春新書

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「いかに学ぶか」「いかに学び続けるか」を闊達に語る池上彰氏、佐藤優氏の対談本です。軽いタッチながらも、60歳を過ぎてからの生き方を見据えた「知的再武装」のコツが目白押しの1冊です。私には、モノを考えなくなっている現代人の病理への警鐘としての本でもあると感じました。佐藤優氏は「知的再武装」とは「怖がる必要のないものと怖がるべきものを 峻別すること」 とズバッと言ってのけます。主体性を堅持して、人生をいかに生きるかが知的再武装の重要なテーマです。

目次

知的再武装の要諦は不安のコントロール

佐藤「武装している人と武装していない人では何が違うかと言えば、不安の度合いなんでしょう。 」 池上 「武装していないと、まさに怯えの中で死んでいく。 」佐藤 「なんで再武装するのか。よくよく考えれば、結局は死を意識した場合の不安との戦いなのではないか。その不安とはたとえば金銭面でもいいでしょう」

不安の度合いのコントロールはメンタルマネジメントでもあります。人生に必要な情報を峻別して、解決しておくかどうかは人生のクオリティに直結します。たとえば、生活や勉強を支えるお金の仕組みです。税金の仕組みや年金、高額医療費の補助、厚生労働省「一般教育訓練給付金」や「専門実践教育訓練給付金」などは押さえておくべき知識と言えるでしょう。このように、自分で調べる習慣を持つかどうかで、メディア報道に振り回されず、感じる不安の量を少なく出来ます。ただし、時間は有限な資産であるため、「知的再武装」において 自分の限界を知ることと、何を諦めて、何を伸ばすかを見切ることはすごく大事になってきます。このため目標地点を定めない語学学習などについては釘を差しています。

以下のコメントも重要です。キリスト教徒らしい核心をついた指摘が佐藤優の持ち味です。人生を考える際にまさに本質的な視点だと言えます。
佐藤  『「知的再武装」の最終目的は何かというと、良く死んでいくこと です。最後、どういうふうにして自分の人生を終わりにするか。死にどうやって向かい合っていくのか。あるいは有限な時間の中で、自分が生きた 証 をどういう形で納得して、子どもや孫や、あるいは若い世代につないでいくか。』

要約・表現術、読解・記憶術の鍛え方

ネットリテラシーが若年層ほど身についていない中年以上は、SNSは見るだけにしなさいというのは実践的なアドバイスです。「半年ROMれ」はやはり古人の知恵ですね。それはさておき、コンパクトな要約、表現についての2人のコメントが興味深いです。ご紹介しておきます。

池上「まあ、四十秒がいいところです。nhkの記者が顔を出してしゃべるレポートは、四十秒以内にしないと長すぎて耐えられない。スタジオの生放送でも討論番組なんかでは、一人のコメンテーターを四十秒間映し出すことはないですから。四十秒の話なら、二十秒で映像が切られて、ほかの顔が出る。だから、 知人に話をするときも、四十秒を心がける(笑)。 四十秒一本勝負で、すごく頭の体操になります。でも四十秒って、相当なことがしゃべれますよ。生放送で最後の時間に一人で話して終わるときに、残り三十秒あれば起承転結がつけられます。二十秒になると、序破急です」

佐藤 「字数ですと、二百字でまとめる感じですね。ノートに読書感想文を書くのに、ちょうどいいぐらいの字数です。学生に原稿を作ってプレゼンさせると、上手な人はだいたい一分間で三百字ぐらいで、少しゆっくり話す感じです。三百五十字だとかなり早口になります。」

四十秒で簡潔なコメントづくりはたしかに、意見をまとめてコンパクトに伝える練習になりそうですね。また、絵文字に込めた感情の部分を、文章で表現することではじめて文章力がつく、SNSは体言止めが多用されるけれども 体言止めというのは時制や結論を誤魔化すために使うわけですとの指摘も、なるほどと思いました。

記憶力については拘置所での尋問の実体験から、佐藤優氏は『みなさんにお薦めなのは、 一週間や十日間、とにかく非常に緊張した状態で、自分の記憶力しか頼りにならないような時間を持つと、潜在能力が研ぎ澄まされます』とアドバイスしていますが、これはさすがに池上氏も苦笑いです。さしあたり、推薦書の「KGBスパイ式記憶術」のエクササイズが記憶術強化には効果的のようです。

思考停止に陥いらないため意識したい「順応の気構え」

佐藤 「順応の気構えというのは、ユルゲン・ハバーマス(※ドイツの哲学者) が『晩期資本主義における正統化の諸問題』(岩波現代選書) の中で言っていることです。「順応の気構えの《究極の》動機は、疑わしい場合には自分が論議によって納得させられうるであろうという確信である」(略)つまり、物事を自分で調べて、検証するにはものすごいエネルギーがかかる。だから、複雑でよくわからないことは、誰かが説明して自分を説得してくれるだろうというわけです。それこそが、「順応の気構え」です。積極的に自分で物事を検証するという発想が出てこなくなる。」

ネットニュースの見出しやTwitterのリツイート、陰謀論的な分かりやすい解釈などに陥りやすいのが現代のテクノロジー社会です。「順応の気構え」を意識することで、自分自身で物事を調べて妥当性を検証する習慣をつけるだけでも、一般的な人と大きく差がつきます。思考停止から離れて、物事の妥当性を検証する姿勢を身に着け、判断を留保すべきかどうかなどにも目を向けてみましょう。

ヒトラーとレーニンに学ぶ目的思考の読書術

読書術については、目的思考の読書術が有限の時間においては重要です。ここで参考になるのは、意外にもヒトラー(!)とレーニン(!)です。

佐藤 「ヒトラー の蔵書は一万六千冊に及んだそうですが、ヒトラーが実際に読んだ本をどうやって回したかがこの本には書いてあります。ヒトラーは読んだら、頻繁に並べ替える。 自分の机の上か横に本棚を作って、二十冊か三十冊を時どき入れ替える わけです。ヒトラーに学ぶ読書術です。今風に言えば、外付けメモリーの再整理なんですね」。

佐藤 「レーニン(※ウラジーミル・レーニン。ロシアの革命家。1870~1924年) はいつも国家権力に追いかけられて逃げ回っていたでしょう。彼は『哲学ノート』や『国家論ノート』(ともに大月書店) を残しているんですが、ノートにさまざまな情報を圧縮して溜め込んでいました。ノートに書いてあることを契機にして、記憶を呼び込むんです。ヘーゲル、フォイエルバッハ(※ルートヴィヒ・アンドレアス・フォイエルバッハ。ドイツの哲学者。1804~1872年)、ギリシャ哲学など、読んだ本を圧縮して引用したその横に、コメントが書いてある。」

佐藤「レーニンの勉強の仕方は目的があって、いかに革命を起こすかですね。マルクスはそうじゃなくて真理を追究しているから、レーニンとは考え方が違う。ヒトラーの目的は政治的な野心を実現することだから、ヒトラーとレーニンの読書の仕方は似ています。だから、 ビジネスマンには、ヒトラーとレーニンが役に立ちます。」

対話のコツは3つのカテゴリーに分けること

対話のコツは相手によって、3つのカテゴリーに分けることです。すなわち、 話したふりをする、結論を決めておいて押しつける、弁証法的にお互いを高める、の3つです。以下のように、力の入れどころ、抜きどころをメリハリつけて対話に活用する

佐藤 『私は対話については、三つのカテゴリーに分けて考えています。まず一つ目は、「対話をするふりの対話術」。これは相手が言っていることの反復です。実質的には聞いていないのとほぼ一緒ですが、相手はそこで「よくぞ聞いてくれた」と勘違いしてくれる。あるいは相手の言ったことを繰り返して、「ですね」とか「ですか」とか言って念を押すというのもあります。それを通したら聞いている雰囲気になります。』

佐藤『対話術の二番目は「相手を打ち負かす対話術」。いわゆる世の中にあるディベート術のほとんどはそれですよ。これは最初から相手の言うことを聞かないやり方です。 役所間の省庁合議とか、あるいは週刊誌の取材でも同じです。最初から答えは決めておいて、そこのところに落ちる言葉が出てくるまでねちっこく聞く。』

佐藤『対話術の三番目は、それこそディアレクティックな、弁証法的なもので、虚心坦懐に話をしながら「お互いを高め合っていく対話術」です。対話術の本には、どうも、この三番目の方法が書いてあるように見受けられますが、何事も誠実に話し合ってそこから始めるというのは、限られた人だけでしょうね。考えてみれば、それは読書術で言えば速読と精読に似ています。普段の対話は速読と同じで、なんとなく流れを追っていけばいい。しかし、精読のような本当の対話はものすごくエネルギーの要ることですから、それをあちこちでやったらクタクタになってなってしまいます』

佐藤 「家庭はけっこう怖いんですよ。 家庭は危険がいっぱい。必ずしも安楽な場所だと思わない方がいい。」との警句も重要です。殺人事件の加害者数のは赤の他人よりも親族のほうが多いというのは大げさな警告ですが、家庭で油断していると対話が疎かになりがちなのは少なくとも確かでしょう。在宅時間増加の今こそ、改めて家での会話についても気を引き締める必要がありそうです。

テクノロジーとの向き合い方と教養

I技術を含む情報テクノロジーが持つ危険性について、米国ジョージタウン大学のカル・ニューポート准教授が興味深い指摘をしています。

「ところが、日常のいろいろな場面で顔を出すほかの誘惑は退けられるのに、スマートフォンやタブレットのスクリーンの奥から手招きしているアプリやウェブサイトにはなぜか抵抗できず、本来の役割をはるかに超えて生活のあちこちに入りこまれてしまう(中略)生活に受け入れた当初はそれぞれごく小さな役割しか担っていなかった新しいテクノロジーが、全体ではいつの間にかそれを大幅に超える存在になっていたという、より分厚い現実と正面から向き合ったとき初めて不安の理由が鮮明になる。それらのテクノロジーは、私たちの行動や気分に及ぼす影響力をじわじわと強めてきた。そしていつしか健全な範囲を超えた量の時間がそれに食われ、その分、もっと価値の高いほかの活動が犠牲にされている。つまり、私たちが不安に思うのは、〝コントロールを失いかけている〟という感覚があるからだ。その感覚は、日々、さまざまに形を変えて表面化する。」(カル・ニューポート『デジタル・ミニマリスト: 本当に大切なことに集中する』早川書房)

これを受けて、「有益かどうかは問題ではない。主体性が脅かされていることが問題なのだ。」という佐藤優氏の指摘は的を射ています。思考力を鍛える知的再武装は、人間の主体性を取り戻す活動でもあります。それを経てこそ、テクノロジーもより有益に生きてくることでしょう。

佐藤「生活のあちこちに入り込んでくる情報(その中には教養をつけなくては生き残れないから本やDVDを買えとかセミナーに参加しろという類いの脅迫型の宣伝も含まれる) を遮断して、立ち止まることこそが真の教養の力なのである。人間は例外なく死ぬ。時間的制約の中でしか、われわれは自由を行使することはできない。」

何が本当に役に立つのか、何をしておけば先々の不安を解消できるかをしっかり考えるなど、有限の人生をより充実したものにするためには、主体性が重要です。単純な事かもしれませんが、今一度モノを考える習慣を身につけることが知的再武装の第1歩なのではないでしょうか。一見モノを考えなくてよくなった時代だからこそ、モノを考えることの価値は高まっているのですから。

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この記事を書いた人

・現役世代を元気にしたいとの思いで新ブログを立ち上げ!
・本は2000冊以上読破、エッセンスを還元いたします
・金融機関で営業・調査部隊双方を経験。
・バックグラウンドは歴史とMBA

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