不愉快だからこそ目をそむけてはいけない5つの事実:「不愉快なことには理由がある」橘玲、集英社

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不愉快な現実がそこかしこにあふれかえっています。しかし、その一方で進化心理学や進化生物学が脳科学や遺伝学の研究成果により発展し、ゲーム理論や行動経済学などの社会科学と融合した今、様々知見が得られているのも事実です。本書はその学術的な知見を援用して社会批評を行い、ありふれた俗説とはちょっと違った考え方を提示してくれる一冊です。現代人がに取るべき一冊と言えるでしょう。「それを言っちゃあお仕舞いよ。」的な言説もありますが、私達が認めて無くてはならない不愉快な現実の一例を順に見てきましょう。

目次

不愉快な現実その1【能力】

p40「とりわけ遺伝の影響が強いのが能力のブロックで、音程、音楽、執筆、数学、スポーツなどの能力は遺伝の影響が80%を超えています。」(安藤寿康「遺伝マインド」有斐閣)
身も蓋もない結論だが、ポパーが言うように反証され得ないものは科学ではないのですからから、この研究を反証する新たな研究が出てくるのを待つしかないですね。

不愉快な現実その2【政治】

p49「政治の世界の掟は、支配と服従ですから、理想を実現するには、まず権力を奪取しなくてはなりません。そして、激烈な権力闘争の前で、理想はつねに妥協の前に破れていくのです。」(フランス・ドゥ・ヴァール「政治をするサル―チンパンジーの権力と性」平凡社)
理想を実現しようと思っても、理想を実現するための手段=権力の獲得までで手一杯なのが、人間が行う政治の限界なのです。

不愉快な現実その3【ギャンブル】

p210「あらゆるギャンブルは、掛金からショバ代(経費)が差し引かれ、残金の合計を勝者(当選者)が総取りする仕組みになっています。(中略)ある賭けに100円を投じた時、平均していくら払い戻されるかがギャンブルの期待値で、競馬や競輪などの公営ギャンブルの期待値は75円(経費率25%)です。この期待値はゲームによって異なり、ラスベガスのルーレットは約95円、パチンコやスロットは約97円とされています。プロのギャンブラーにバカラ賭博が好まれるのは、ゲームが面白いからではなく、期待値が約99円と極めて高いからです。ところで日本の宝くじは47円と恐ろしく低いことが特徴です。」
特に宝くじは交通事故で死ぬ可能性よりもはるかに低いわけで、確率を正しく計算出来ない不合理性により、いわば愚か者に課せられた税金といった言い換えも出来るでしょう。こう考えると、宝くじがそこかしこのショップや銀行の窓口で売っているのだからとんでもない話ですね。どんな株でも買った瞬間に0になるなんてことはないですからね。

不愉快な現実その4【北欧の社会福祉政策】

p143「スウェーデンやノルウェー、フィンランドなどの北欧諸国は、国民の課税所得を納税者番号で管理するばかりか、全国民の課税所得を公開情報にしています。スウェーデンの税務署にはだれでも使える情報端末が置かれていて、名前や住所、納税者番号を入力すると、他人の課税所得が自由に閲覧できます。そうやって羽振りがいいのに課税所得が少ない隣人を見つけると、国税庁に通報するのが国民の義務とされています。北欧の手厚い社会保障は、こうした相互監視によって支えられているのです。」
素晴らしい社会福祉政策が何によって実現されているのかを明らかにしています。しばしば理想化されて紹介されがちな北欧の社会福祉・経済政策ですが、その仕組みの表面だけでなく、構造にもしっかり目を向けたいですね。様々なトレードオフがあって、何を捨て、何を取るかによって仕組みは出来上がっているのです。

不愉快な現実その5【子育て】

p42ジュディス・リッチ・ハリス「子育ての大誤解」早川書房
子供は親の愛情や子育てとは無関係に、子供集団のなかで人格を形成していく。
個体が生き延び、子孫を残すための最適戦略として、40億年の進化の過程の中で洗練されてきたルール。
1:子供は、自分と似た子供に引き寄せられる。
2:子供は、自分が所属する集団に自己を同一化する。
3:子供集団は、他の子供集団と対立する文化を作る。
4:集団のなかの子供は、仲間と異なる人格(キャラ)を演じることで、集団内で目立とうとする。
5:子供集団は文化的に独立しており、大人の介入を徹底して排除する。
「親の愛情や子育てとは無関係に、」の文言があまりにもかなしいですね。

様々な実証研究の結果により明らかにされてきた不愉快な現実の中でも、ひときわ目を引くのが「いじめ」に関する指摘です。綺麗事から離れて現実を冷静に見据えています。
p176『都市部の私立中学は、激しい生徒の獲得競争をしているので、経営陣や教師は悪い評判を立ててはならないという強いインセンティブがある。また、問題のある生徒には退学処分という手段を行使できる。その一方で、公立中学はの教師は、退学処分という暴力手段を行使できず、いじめる側の生徒と3年間付き合っていかなくてはならない。こうした生徒はクラス内での影響が大きいので、きびしい指導にで対立すると学級運営が崩壊する。また、公立中学の教員は公務員なので、いじめ自殺のような事件が起きると社会からバッシングは受けるが、首をすくめて嵐がすぎるのを待てば、いずれは平穏な生活が戻ってくる。』
と、このように公立と私立の教員それぞれのインセンティブ、退学処分という暴力装置を持っているか否かの2点により、ズバリと切ってみせます。いじめについて公立と私立という構造的な問題に落とし込めることで、ある程度の納得は得られるものの、もちろん私立の学校だってどんな組織にだっていじめはあるじゃないかとふと思ってしまう。しかし、どういう自浄作用が働くかは組織によって異なります。

続くページにはあまりにも身も蓋もない不愉快な現実が淡々と告げられます。
p183「ヒトは社会的な動物ですから、チンパンジーなどと同様に、ごく自然に集団を作り、敵対する集団と競い合いながら仲間意識を高めていくよう生得的にプログラミングされています。(中略)いじめ=集団づくりは、ヒトとしての本能ですから、原理的に根絶できません。子供を強制的に一箇所に集めて教育する近代の学校制度は、最初からいじめを前提としているのです。」
クラスも、スポーツチームも、学校も、企業も、民族や国家においても、同様でしょう。すべからく集団というのはそういうものだと考えないと、いじめについての議論は前提から噛み合わないことになります。性悪説に立ちつつ、個人としてどう振る舞っていくか。ネット空間にまで学校の人間関係が広がる中で、今の10代には相当な処世術が要求されています。

p184『効果的な”いじめ対策”があるとしたら、いじめを前提とした上で、仲間はずれにされた生徒が別の集団に移っていけるよう、学校という閉鎖空間を流動化させることです。その上で、暴行や恐喝のような犯罪行為には、犯人を学校から排除・退学させる仕組みが必要です。しかしこうした改革は、現在の公教育の枠組みを根底から覆すので、文科省にできるはずがありません。』ちきりん氏が著書で言うように、「日本の組織や人の特徴の1つに、“EXITできない”ということがある」のだから、ソフトランディングのための次善策は上記の通り「流動化」が落としどころになるでしょう。

希望ある現実:人類は考えることで生き残ってきた

世に様々の解決不能な難題があるとしても、なんにせよそれについてまず考えていくことです。人間は考えることにより生き残ってきたし、考えた人間が生き残ってきたのですから。
p22「私たちは、人生の大半をシミュレーション(ある仮説を立てて、その現実の結果を模擬実験などで予想すること)に費やしています。なぜ、私たちがいつも思い悩んでばかりいるかというと、新しい事態に遭遇すると、こころという、シミュレーション装置が無意識に駆動し始めるからです。(中略)このシミュレーションが上手ければ身体が大きかったり、力が強かったりしなくても子孫を残すことができるのです。」

不愉快な現実の数々から、目を背け諦めて思考停止に陥ってはいけません。考えるための材料や前提、示唆がたくさん詰まった本書は、現代を生きる私達には一読の価値ありです。

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この記事を書いた人

・現役世代を元気にしたいとの思いで新ブログを立ち上げ!
・本は2000冊以上読破、エッセンスを還元いたします
・金融機関で営業・調査部隊双方を経験。
・バックグラウンドは歴史とMBA

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