最新研究のコンパクトな概説も織り込んだ優れた通史叙述を堪能しよう:「ビザンツ帝国-千年の興亡と皇帝たち」中谷功治、中公新書

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「中公新書のシンプルタイトルにハズレ無し」と私は勝手に思っていますが、6月の新刊「ビザンツ帝国(中谷功治、中公新書)」も期待を上回る良著でした。特長としては1000年以上に亘る帝国史をひとまとめにしつつも、近年の研究成果のコンパクトな概説も加えていて、随所にわかりやすく読める工夫がされている点です。最新のビザンツ書籍である本書にいきなり取り組んでもいいと思いますが、なるべく「生き残った帝国ビザンティン(井上浩一、講談社学術文庫)」で入門してから読むと、その後の議論の展開も分かって相乗効果が見込めます。巻末の参考文献表や各章冒頭の皇帝在位表(即位の仕方や最期、親征の有無)も必見です。

目次

 日本で「ビザンツ帝国」を学ぶ意義とは?

「なぜまたビザンツなのか」、この問いかけはビザンツ研究には常に付きまとう命題です。現代日本がおかれた過酷な立ち位置を考えると、四方八方から攻め寄せる敵(時に味方にもなる)を相手にしながら1000年以上にわたり存続したビザンツ帝国に学ぶ意義は大きいでしょう。筆者は、「右肩上がりの経済成長への未練ではなく、ダウンサイジングしつつも自信を喪失せずにしぶとく生き残る、これである。もちろん、どうしたら滅亡しないかも考えつつであるが。」とまえがきに書き、「アジアでもない、ヨーロッパでもない、古典古代でもない、近代とは無縁の死滅した歴史的存在について調べる意義、それを読者ののみなさんとともに問い続けられればと思っている。衰退が見え隠れする島国の現状を意識しながら。」とあとがきでは述べています。有為転変、波乱万丈を絵に書いたようなビザンツの歴史、言い換えるとなりふり構わない生への執念や粘り腰について、知っておく意義は十二分にあるのではないでしょうか。覇権をかけて対立を増していく米中の間で、日本はしたたかに生きていく必要があるのですから。

教科書的な歴史理解からの脱却に絶好のケーススタディ

歴史の教科書は、もちろん歴史学への第一歩ではありますが、誤解が定着したまま記述されていたり、理解しやすいよう端折られていたり、ストーリー化された実際とは異なる因果関係による説明、最新の研究成果が反映されていない、などの点もあります。ビザンツ帝国の場合、西洋中心史観の犠牲になっている面は大きく、そのうえ史料の少なさや他言語習得の必要性、時代の長大さなどの理由から研究量が他分野に比べて相対的に少なく、マイナージャンル扱いされている点があるように見受けられます。しかし、だからこそ、教科書における記述と歴史研究におけるギャップの大きさを生かして、教科書的な歴史理解からの脱却に絶好のケーススタディになりうると言えるでしょう。

本書は、「イコノクラスム(聖像破壊運動)」や「テマ(制)」、「皇帝教皇主義(もはや死語…か?)」といった学校の世界史で習う用語の実態にも丁寧な史料読解によって迫っています。「イコノクラスム」は、迫害や破壊の程度、論争の激しさを過大視してきたかつての傾向や、対イスラム勢力や地理的要素を絡めた観念的説明、近代のプロテスタント的バイアスなどに対して近年の学説を紹介し、反証を試みています。8世紀から9世紀前半を「イコノクラスム」の時代として捉えるよりも、地方軍団が反乱を繰り返した時代として捉え直す見方を筆者は提示しています(詳しくは「テマ反乱とビザンツ帝国」を参照)。「テマ」についても、じわじわと成立していく様子が丁寧な叙述によって、わかること・わからないこと、疑問と仮説などが峻別されてまとまっています。なにせ、コンスタンティノス7世でさえテマないしテマ制の成立がどのようなものだったかわかっていないのですから、成立の実像に迫るのは大変ですが、見ごたえのある分析です。

「皇帝は〇〇した」というかたちで歴史叙述はされやすいですが、個々の出来事がその当時の皇帝の政策であるように解釈されがちな点には留意が必要と筆者は指摘しています。必ずしも政策担当者や関連する政府要人が史料から確認できるとは限らないものの、実務面で政権を支えた人々の存在を忘れないようにしたいという視点は非常に重要です。ともすると、学校の世界史では誰の時代に何が起こったかの短絡的な暗記に陥りがちですが、歴史を学ぶとは、複眼的な思考を身につけることでもあります。安易で理解しやすい陰謀論的解釈がテレビやSNSなどで流布するスピードが加速する現在、歴史学的な検証のアプローチを学ぶことは大いに意義があるでしょう。

中期ビザンツ研究の大家の筆が唸るダイナミックな通史描写

筆者の主要な研究領域は中期ビザンツ研究ということで、ことさら筆が奮っているのが7~12世紀です。ビザンツ史描写の厄介な点は、小アジア方面でのイスラム勢力との攻防、バルカン半島方面でのブルガリア人やペチェネグ人などの攻防を同時並行で描かないといけないところです。両方で同時に戦っていることもあれば、片方では和平を結んだり、別の軍事勢力や蛮族を呼び寄せて争わせたりなんてこともあります。昨日の敵は今日の味方なんてのは日常茶飯事です。しかもここに首都における権力争いや、テマ軍団の将軍や軍事貴族の反乱などの要素も絡むのですから、事態をわかりやすく叙述することはそれだけでも至難の業です。しかし、本書は最新のビザンツ通史として、新書に収めるべき分量と充分な詳しさの絶妙なバランスを保っている点が素晴らしいです。

事態の推移の叙述と言えば、695年から約20年に及ぶ内乱と政権交代の時代では、わずか2ページの間で反乱が6回も起こっていたり、「観応の擾乱」並みのカオスです。その約20年で皇帝に就任した者は将軍、艦隊司令官、元皇帝、高官の子息、国家官僚、徴税官と多種多様で、中期ビザンツの権力の流動性には驚くばかりだったりもします(后妃コンクールについても、何か元ネタになるような出来事はあったと推測されます)。各章冒頭の皇帝在位表(即位の仕方や最期、親征の有無)にある通り、門閥や血族によらない実力行使的な側面が、良くも悪くもですが、ビザンツの栄枯盛衰に寄与したと改めて感じました。軍事的な観点では、8・9世紀のストリュモン川地域(今日のマケドニアの辺り)に執拗な遠征を行っている点について深堀りしていた点も非常に興味深い内容でした。「○○の戦い」とかならわかりやすいですが、一見わかりにくい出来事について幅広い観点から分析を試みている事例は、多数本書に織り込まれており、読み応えがあります

エピソードの効果的な引用で、わかりやすく通史を解説した「生き残った帝国ビザンティン(井上浩一、講談社学術文庫)」は今後もビザンツ入門書として地位を保ち続けるでしょう。同時に、より歴史研究に軸足を移しつつも、現代の日本人にわかりやすく通史叙述と論点整理を提供する「ビザンツ帝国(中谷功治、中公新書)」は、一つ先へ進んだ優れた最新ビザンツ・ガイドブックとして活躍してくれると期待しています。「ビザンツ皇帝に俺はなる!」という表題の章があったのはさすがに思わず笑ってしまいましたが、それはさておき夢中で一気に読めます。近年のベストセラー「観応の擾乱」や「応仁の乱」と同様、歴史を扱った新書としては出色の出来栄えと言えるでしょう。

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この記事を書いた人

・現役世代を元気にしたいとの思いで新ブログを立ち上げ!
・本は2000冊以上読破、エッセンスを還元いたします
・金融機関で営業・調査部隊双方を経験。
・バックグラウンドは歴史とMBA

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