「週刊新潮」の”無法地帯”が、ついに単行本化!という帯のとおり、異色タッグのコラムです。話題のトピックについてそれぞれ半ページずつ、西原理恵子さんが漫画を描き、佐藤優さんがコラムを書く形式で、とてもユニークです。現在では連載は終了していますが、振り返って読んで見る価値ある名作ショートコラムだと考えます。当時の世相を振り返ることができるほか、佐藤優さんの多面性が現れていてとても面白いです。
佐藤優さんは博覧強記で、驚くべき多面性を持ち合わせた作家です。たとえば、雑誌連載のコラム一つとっても、『週刊東洋経済』の「知の技法 出世の作法」では、有能な元外務官僚としてビジネスマンに仕事や勉強法について、『SAPIO』の「SAPIO intelligence database」では、省益=国益という擬制のもとで働く官僚=国家主義者として政治・外交を語り、『Will』の「猫は何でも知っている」では無類の猫好きとして猫の目線から書くなど、多彩極まりないです。
このコラムでは、佐藤優さんは週刊誌モードで、時事問題を自身の体験などと絡めて、大衆向けに分かりやすく書いているといった感じです。え、西原理恵子さん?いつもどおり、本当にフリーダムですよ(笑)。さて、本編の一部を抜き出しながら、紹介してみよう。佐藤優さんの洞察は様々な点で示唆に富みます。
「天安門事件」については、「中国外交に、もう少し知恵が付いてくると、天安門事件を自己批判し、誠実なふりをして対日攻撃を始めてくる。その時こそ要注意だ。」と書いており、プルタルコスの「似て非なる友について」というエッセイを思い出します。これみよがしのおべっか使いが相手なら話は単純ですが、本当に厄介なのは、見え透いたやり口は使わずにすり寄ってくる連中であるという話です。単に人権問題を外交の道具に使うのではなく、搦手を使ってくる場合は警戒が必要と考えるべきでしょう。
「国連軍縮週間」では、「ビクターⅢ級原子力潜水艦1隻の解体に2004年だけで、日本政府は約7億9000万円を拠出している。しかし、この事実を多くのロシア人が知らない。陰徳を積むにも限度がある。」ということを明らかにしていて驚きました。他国の軍縮について、これほどまでの税金を使っているとは思いもよりませんでした。見えない善行は自分のカネで個人レベルでやるのは良いですが、国家が国民のお金でやるのはいかがなものでしょうか。野党やニュースメディアは単なるスキャンダルからだけではなく、与党政権を追究する材料を真面目に探してくると、ツッコミどころがたくさん見いだせそうです。
「09年の私的重大ニュース」では、一連の裁判のケリと、次回作の構想について語っています。「筆者の上告を最高裁判所が棄却し、懲役2年6ヶ月(執行猶予4年)の有罪が確定した。訴訟費用は敗者が負担する。11月24日に東京高等検察庁に、120万9607円を支払った。あとは検察に押収されているノート200冊近くを返してもらうことだ。それをもとにして”モスクワ物語”を書こうと思っている」ノートを200冊も書いているとはやっぱりすごい。「自壊する帝国」はとても読み応えがありましたが、ノート200冊でディテールが補強された”完全版”が出たら、ぜひ読みたいところです。
「休日分散化」については、休日の意味合いについての指摘が興味深いです。「休日とは、国民全体が同じ日に休むことによって同胞意識を確認するためのものだ。休日を単なる非労働日と政府が考えるようでは、日本国家が崩れてしまう。」。休日はただの慣習という面以外の要素があることを気付かされました。
「有名人候補」の擁立については、ユーモアに富んだ提案がなされています。「有名人=スポーツ選手という月並みな発想しかできていないところに、与野党の構想力の限界がある。むしろ、これまで政治の舞台に出てこられなかった有名人を活用することが効果的だ。司直の手に落ちたことがある有名人を候補者にすることだ。例えば、のりピーを党首とする”日本覚醒党”を結成する。立候補資格は、警察・検察に逮捕、起訴された経験がある者だ。官僚政治を打破することができない現在の与野党との分岐を鮮明にし、国民の政治意識の覚醒を綱領とする。具体的な政策としては、麻薬、覚せい剤の乱用防止を訴える。前科一犯のの筆者ももちろん党員となる。堀江貴文氏にも入党を働きかける。」たしかにこれなら、自民党が選挙に負けたあとにできた小政党との差別化は実に明快です。この例はいわばたとえ話ですが、政策軸のちゃんとした政党結成は、もしかするとまっとうな野党定着のヒントになるかもしれません。
「消費税10%」では、官僚の税金に対するコスト感覚を自身の体験をもとに語っています。「税金を使うのが官僚の仕事だ。1997年に、筆者は当時、橋本龍太郎首相の秘書官を務めていた江田憲司さん(現衆議院議員、みんなの党幹事長)から、白い封筒に入った30万円の機密費(内閣官房報償費)をもらった。30万円は大金だ。モスクワでの情報工作にこの機密費を使った。ところが、筆者に機密費をあたしたことについて江田さんは、30万円については全く記憶にありません(2010年6月22日週刊朝日)とコメントしている。」吉野家の牛丼1071食分に相当する大金を渡しても、けろっと忘れてしまう昔のエリート通産官僚の金銭感覚には呆れるほかないです。この話を紹介したのは、消費アップに反対する江田衆議院議員でさえも、このような金銭感覚で、官僚が国民の金銭感覚に近づくまで消費税を上げるべきではないという主張のレトリックになっています(民主党与党時代の3党合意を経て、2019年10月から10%になりましが…)。
以上で当時の世相を振り返ってきましたが、、概して実体験に基づいた話が多くて面白いです。テーマが雑多なので、これまで佐藤優さんの本を読んできた人にとっても、そういった著作に書かれていない佐藤優さんの新たな一面を見られる機会はとても多いです。また、佐藤優さんの本を読んだことのない人にとっても、気軽に読める点も良いですね。「野蛮人のテーブルマナー」もビギナーにはおすすめだが、それ以上にワンテーマを短く簡潔に語る本書の方がより読みやすいでしょう。普段本に親しまない人にも、おススメしたい1冊です。