コロナウイルスは何なのか?その疑問に答えるには、ウイルスが何かを知るのが第1歩です。ウイルスは、人類の敵=単なる病原体だけではなく、生物の進化にも関わる奥深い存在なのです。コロナウイルス感染拡大抑止の外出制限・自粛に伴う経済活動の停滞に直面するなか、あなたの科学的リテラシーを高めておく良い機会でもあります。「新しいウイルス入門 単なる病原体でなく生物進化の立役者?」はユーモアを交えた軽妙な語り口で、ウイルスとはどのようなものか、わかりやすく教えてくれます。
ウイルスとは、限りなく生物に近い物体
ウイルスとは、ざっくり言えば、限りなく生物に近い物体。なぜ、生物ではなく物体なのかというと、生物は最低限「細胞」の形をしていなければならないからです。「細胞」は脂質でできた二重の膜から包まれた小さな袋で、自分で分裂でき、自分で自分自身の形を維持し続けるための仕組みを持っているもの、のことです。最も単純な形をしたウイルスは、「核酸(RNAやDNA)」がタンパク質の殻に包まれたもの。しかし、その振る舞いは総体的に見るとあたかも生物かのようにも見えます。ウイルスの研究は、生物の定義という哲学的な問題に踏み込むほか、そもそもウイルスを初めて電子顕微鏡で観察出来たのは1935年であり、ウイルス研究の歴史は意外にまだ短い点も驚きです。
ウイルス感染と増殖のメカニズム
ウイルスは、どうやって生物の細胞に入り込んで増殖するのでしょうか。私達生物の細胞は外の情報を探るために、様々なタンパク質を細胞膜の表面に出しており、ウイルスはちゃっかりそれを利用してくっつくのです。増殖のプロセスには、「吸着」→「侵入」→「脱殻(だっかく)」→「合成」→「成熟」→「放出」と、6つのステップがあります。ウイルスには、DNAやRNAが細胞核に入ることで増殖するものと核には入らず増殖するものとがあり、細胞核に入ったウイルスのDNAは宿主細胞のRNAポリメラーゼによってmRNAへと転写されます。転写されたmRNAは細胞核から出て、細胞質で宿主細胞のアミノ酸等を利用して複製されるのです。これが、ウイルス増殖のメカニズムです。
病原体としてのウイルスたち
ウイルスといえば、人類からすると、まず病原体としてのウイルスとしての文脈から理解する必要があります。代表的なウイルスを見ていきましょう。ジェンナーの活躍まで、天然痘のポックスウイルスが歴史上猛威を奮いました。他のDNAウイルスは細胞核まで侵入するのに、ポックスウイルスだけは細胞質の中で増殖するという厄介な特技を持ちます。風邪の原因の一つ、ライノウイルスは上気道の粘膜細胞に感染し、細胞を壊しながら増殖し、身体の防御反応として発熱や鼻水等の風邪の症状が現れる…というのが風邪のメカニズムです。ノロウイルスは、胃に近い十二指腸や小腸のうち十二指腸に近い部分に感染し、胃腸炎を引き起こします。面白いことに、ノロウイルスの感染は血液型との関連性があることがわかってきました。ノロウイルスが吸着する細胞表面の糖鎖にあります。その理由は、赤血球表面にある血液型を決める糖鎖の先端の構造が、血液型によって異なるためです。オリジナルなノロウイルスの感染率は、O型は高く、B型では低い。別のノロウイルスはO型は低く、A型、B型は高いといった場合もあるようで、研究が進んでいます。ヒト免疫不全ウイルス(HIV)は免疫の”司令塔”ヘルパーT細胞、攻撃と情報伝達を担うマクロファージに感染し、細胞を乗っ取り気ままに行動し、免疫を機能不全に陥れます。
“新型”の正体、それはカードバトルとコピーミス?
毎年人類を悩ませるインフルエンザウイルスは様々なタイプがありますが、”新型”が現れるように見えるのは実は”コピーミス”のせいだとか。2種類の異なるインフルエンザウイルスが、1つの動物に同時感染したときなど、各8本ずつの分節化RNAが交換されてしまう時があります。あたかも、カードバトルにおいて、カードの交換で新たな組み合わせによる戦略が生まれるかのような状態です。インフルエンザウイルスのRNAは、DNAと違いコピー後の修復機能が無いRNAポリメラーゼが複製するため、突然変異が放置されてしまいます。こうして突然変異が定着し、感染力を強める場合、既存のウイルスの”新型”として私達は認知してしまうのです。
生物の進化に関わるウイルス―私達もウイルス無しで子供はできない!
病原体としてのウイルスだけではなく、ウイルス本来の生物学的存在を追究することは、生物とはいったい何なのか?という本質的な問いに迫っていくことに繋がります。何しろ、私達人間はウイルスなしでは、子供ができないのですから。妊娠が成立すると、子宮の細胞の中で、かつてレトロウイルスだった内在性レトロウイルスが「あ、そうだ、私はレトロウイルスだったんだ」ということを”思い出し”活性化されるのです。この元レトロウイルスさんは、シンシチン遺伝子といい、胎盤の機能に母体と胎児の血液間での物質とガスの交換を仲介するジンチウム細胞の生成に関わっています。いわば、私達哺乳類の祖先に感染したウイルスのおかげで、私達は哺乳類になり、哺乳類であり続ける事ができるわけで、驚きの一言です。ウイルスが異なる生物種の間を渡り歩いてきた中で、遺伝子を運び込み、生物の進化に関わってきたのは、実に雄大なストーリーですね。