「野蛮人のテーブルマナー(講談社+α文庫)」は佐藤優さんってたくさん本出してるけど、どれから読もうか…という人に特にオススメ。佐藤優さんの本の中で、一番読みやすい一冊です。他の本は大部なものや、重厚なものが多いですが、本書は簡潔で手ごろな分量。インテリジェンス入門、佐藤優入門といった趣きの文庫です。200ページの中に多彩な情報と考え方が詰まっていてオトクな1冊です。
現代日本を生きるわれわれにこそ、「野蛮人」のヴァイタリティと智略が必要な状況です。スパイ活動を含む実際のインテリジェンスの技法を身につけた人をロシアでは「ラズベーチカ」といい、日本語に訳すと「野蛮人」となるそうです。もともとは国家レベルの機能であるインテリジェンスの技法を個人に応用することで、情報収集や人脈構築、恋愛関係でもライバルを出し抜くことができるようになると筆者は語ります。
交渉術について、第1章では自らの体験に即したエピソードを通じて、インテリジェンスの世界の技法や法則を60ページの中に開陳しています。「ロシアの殺し屋恐ろしや」といった、諜報機関=怖い!という脊髄反射的な反応を私達は持ちがちですが、インテリジェンスの世界のテーブルマナーとは何かを丁寧に筆者は語っています。例えば、プロのスパイが相手を篭絡するのに使うのは、直接的なお金による買収だけではありません。「褒められたい」「評価されたい」という「認知欲」を刺激するのです。こうした話は、国家・企業における防諜、カウンター・インテリジェンスの観点だけではなく、自分自身の社交においても、意識しておくべきポイントと言えるでしょう。
ターゲット(工作対象者)との食事の話など、応用が効く話も盛り込まれています。1回目のメシの目標は2回目の接触を確保することです。この場合小細工として使われるのは、本などの物の貸し借りである。成功すれば、借りたものを返すという口実で、3回目の接触が確保できるという仕掛けです。気になる相手にこの手法を試してみるのも一興かもしれませんね。
実は、インテリジェンスの世界にも「ゲームのルール」―仁義のようなものがあります。いきなり毒殺、暗殺というのはクレバーな方法ではないのです。たいていの場合は、交通事故を装った偽装殺人がロシアでは多いのだとか。むしろ毒物は、暗殺より警告のために用いられるそうです。何段階か、実害はあるが身体に危害が及ばない警告を無視すると、身体に危害が及ぶような警告へシフト。こうしたシグナルを聞いて大人しくしないものに対しては、さらに殴ったり、一段高い警告がなされるという流れです。ここで注意すべきは、諜報機関は恨みや個人的な好悪ではなく、あくまで”仕事”でやっている点です。だからターゲットには、必ず思い当たる節があるわけです。バルト三国の独立運動に関与していた筆者は、KGBによって「しびれ薬入りウオトカ」を呑まされた経験(!)があるのだとか。こういった、具体的で生々しい話も面白いです。
さて、第2章では鈴木宗男氏との対談で、ビジネスマン向けにインテリジェンス処世術を語っています。トップと会うには、トップと直接会える人間と友達になるという世界共通のルールや、読解力は作文力となり考える力へつながる等々、橋本龍太郎、小渕恵三、エリツィン、プーチンといった大物たちとの様々なエピソードが盛りだくさんで、読み応えがあります。
第3章では、ジャーナリストの河合洋一郎氏と諜報について対談し、さらに2009年後半の国際情勢について分析しています。ニュースの裏の分析は非常に興味深いです。特に発刊当時の夏ごろはのりピーの覚せい剤騒動で、様々な政治ニュースの報道の比重がすごく少なくなってしまっていた。国際情勢を復習して、2010年当時のこととその後の情勢を考えるには、ちょうどいいきっかけになる対談でした。
以上、「野蛮人のテーブルマナー」の概要を振り返ってきました。博覧強記の著者はどれから読んだらいいか悩む頃ですが、わたしたち素人野蛮人にも役立つ佐藤優入門として「野蛮人のテーブルマナー」は役立ちます。エンターテインメント性もあって、読み物として純粋に面白いので、まだ佐藤優さんの著者を読んだことのない人にもオススメしやすい1冊です。