社会主義と資本主義を見つめる視座:『「超」整理日誌(2)』野口悠紀雄、新潮文庫

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「超」整理日誌シリーズの2巻目の時代は、橋本龍太郎首相の時代、1996年、97年にあたります。25編のコラムが収められているが、そのうちの一つに「JALよ、いつまでも健在であれ」というコラムがありました。筆者はJALのきめ細かいサービスを賞賛しつつも、改善を期待した苦言を呈しています。JALはその後経営破綻、再上場を経験しました。10数年前から兆しが芽生え始めていたのでしょう。同時に、日本の過剰サービスと非効率性の一端を示す事例でもあったのかもしれません。

文庫版の表題どおり、インターネットに関連した言及が多いです。Windows95の時代からもはや四半世紀。予測や提言には、預言書ではないのだから、当然当たりも外れも多い。ただし、半分当たり半分外れの予測についても、吟味する余地はまだまだあります。示唆的な記述がそこかしこに散らばっていて、久々に読んだが色んな発見があります。例えば以下の話。

「インターネットの普及で情報発信コストが低下すれば、発信される情報も増えるため、発信される情報の限界的な価値も低下する」。このため、「価値の高い情報がどこにあるのか」を探す必要があります。当時はまだパソコン通信の時代であり、Googleが無い時代の苦労が偲ばれるます。

しかし、Googleが世界中の情報を整理してくれるなかでも、情報検索のあり方には様々な苦労が伴う点は変わりありません。粗製乱造や検索サービスの表示結果の妥当性など、現在でも問題は多いです。SNSから見た世界、検索エンジンのウィンドウから見た世界は偏ったレンズで物事を眺めている面があります。価値ある情報の選別には、SNSや検索エンジンだけでは不十分で自分自身にしっかりした知識と考え方を持つ必要があります。

音楽や文学について書いた回も多い一方で、野口教授は地図に関して並々ならぬ執着を持っています。海外で作成された地図の紹介をはじめ、そんな楽しみ方があったのかというくらい、楽しんでらっしゃる具合が面白いです。とりわけ、東ドイツの歴史ある都市の惨状を見て、なぜ社会主義体制がうまくいなかったかを考察した話は興味深いです。

たとえば、歴史的な街の景観の復興と保存は、社会主義体制の東ドイツではうまくいかず、むしろ資本主義の西ドイツでこそなされました。その差はなぜ生じたのか?市場経済では利潤が最優先されるから、町並みなど利潤に反映されないものは、一見無視されそうです。また、社会主義経済において公共団体や政府によって町並みの景観保存が進められそうだが、結局起こったのは真逆でした。

国家的な意思決定に従わざるを得ないために、社会主義体制は、官僚によって意思決定がなされます。しかし、官僚は、歴史的価値の保存などより、近視眼的な目的に支配されやすいのです。このことは資本主義国の官僚機構でも同じですが、社会主義体制の問題は、それが社会的決定のすべてを覆っている点にあります。

原理的には実現できることも、官僚体制の下では、無責任体制に流れやすい点も問題です。その一方で、人の考えを社会的な決定に反映させる仕組みがある以上は、短期的な利潤追求に直結しなくとも、市場経済の仕組みの中でも、歴史的価値の保存は可能なのです。

このように、経済における市場メカニズムと政治における民主主義は結びついています。その理由は、独立した個人の選択の集計によって社会的な選択がなされる仕組みだからです。日本の行政の見直しに有用な考え方です。官僚の領分と、そうでない部分をしっかり分けて、日本の社会と経済の枠組みを再構築していかなければならないと言えるでしょう。

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この記事を書いた人

・現役世代を元気にしたいとの思いで新ブログを立ち上げ!
・本は2000冊以上読破、エッセンスを還元いたします
・金融機関で営業・調査部隊双方を経験。
・バックグラウンドは歴史とMBA

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