科学的リテラシーを身に着け、ゼロリスク思考から離れよう:『原発「危険神話」の崩壊』池田信夫、PHP新書

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原発事故、コロナウイルス……怖いことは世に多いわけですが、正しい怖がり方はあって然るべきです。『原発「危険神話」の崩壊』は科学的リテラシーへの第一歩として、読む価値がある本です。さて、「原発『安全神話』の崩壊」のタイトルならいかにもありそうですが、それを逆手に取った面白いタイトルです。とにかく、原発に関わる危険の最終形として一般にイメージするのは、広島・長崎の原発や、チェルノブイリといったものでしょう。しかし、同種のことが東日本大震災で起きたのではないのです。実際には、直接的な放射能被曝による死者よりも、むしろ避難措置などに伴う二次的な被害が大きく、それ自体よりもそれに伴う被害が大きいのでした。ゼロリスクを求めるメディアや大衆に寄り添う措置こそが、東日本大震災における原発事故対応での決定的なまずい対応に繋がってしまったのです。

コロナウイルスにおける大量のPCR検査を求める声などもそうですが、なぜ人はゼロリスクを求めてしまうのでしょう。放射能も典型例の一つですが、見えないものに対しては、イメージが先行して論理よりも情理、思考よりも恐怖が先に立つからです。古代ローマの哲学者セネカの言うとおり、「恐怖の数のほうが危険の数より常に多い。」のです。また、チャーチルの言う通り、「恐怖は逃げると倍になるが、立ち向かえば半分になる。」のです。ならば、この恐怖という感情を乗り越えるためには、単に素朴に怖がるのではなく、数字で冷静に考えることも必要でしょう。こうした科学的リテラシーを身につけるほうが、分析・対案なしの政府対応非難よりもよほど生産的な態度です。

たとえば、放射線量に関して言えば、避難区域設定の根拠となった放射線量とはどのようなものか知っておく必要があります。国際放射線防護委員会(ICRF)による2007年第103号勧告は、作業員以外の公衆被曝の実効線量の年間限度を定めています。
平時:1ミリシーベルト
緊急時被曝状況:20~100ミリシーベルト
現存被曝状況:1~20ミリシーベルト
このうち、政府が採用したのは平時の基準である1ミリシーベルトでした。その結果、広範な地域を避難区域に設定することとなってしまったのです。

さらに、今なお風評被害が定着している農産物の放射線量の話について、以下に引用するように、わかりやすい言及がありました。定性的ではなく、定量的に考えてみると、いわゆる”内部被曝”についても見え方は変わるのではないでしょうか。

農産物についても、政府は暫定規制値(野菜の場合セシウム137がキログラムあたり500ベクレル)を超えるものを出荷停止としました。ベクレルというのは物理的な線量で、それが人体にどれぐらい影響を与えるは、これに「実効線量係数」をかけなければなりません。この係数はセシウム137の場合は0.000000013だから、500ベクレルの放射性物質を含む野菜を1キロ食べると、6.5マイクロシーベルトの放射線を浴びるわけです。だから、暫定規制値の野菜を食べて人体に危険とされる100ミリシーベルトの放射線を浴びるには、15トン以上食べなければならないわけです。

次に、定義がややこしい、いわゆる”メルトダウン”という言葉について、見てみましょう。もともとmeltdownという言葉は、軽水炉では典型的には次のような大事故のことをいいます。

1 配管が破壊されて冷却水が失われ
2 制御棒が挿入できずに緊急停止に失敗し
3 ECCSも作動しないため燃料棒も空焚きになり
4 燃料棒が溶けて圧力容器の底に落ち
5 溶けた燃料棒が圧力容器と格納容器を破壊し
6 地下水と反応して水蒸気爆発を起こし、大量の死の灰が周辺に降り注ぐ

初期にはこの一連の過程は不可避と考えられていたため、炉心溶融=原子炉の破壊という意味でmeltdownが使われました。しかしスリーマイル島の事故で、このような認識は間違っていることが判明したのです。このときも炉心の大半は溶けたが、それは圧力容器の中に収まり、放射性物質を含む蒸気が格納容器の外に漏れただけでした。だからメルトダウン=炉心溶融は致命的な事故ではないのです。

他方、チェルノブイリは黒鉛減速炉なので少し違うが、結果的には原子炉が全壊して死の灰が大量に放出される事故が起こりました。これは炉心溶融そのものと区別してチャイナ・シンドロームと呼んだほうがいいが、これをメディアがmeltdownと呼んだために誤解が定着してしまったという経緯があります。

東日本大震災の原発事故で起こったのは、上記の4まででした。「分けて考える」ことで、いわゆる”メルトダウン”とは何だったのか、今回の原発事故で起きたことは何だったのかが整理して理解ができますね。古代ローマ人の「分割して、統治せよ(Divide et impera)」の言葉は、まさしく至言です。

また、これも意外と知られていないでしょうが、東日本大震災の事故は原発一般の欠陥というよりも、当時で40年前の第2世代の原子炉を使い続けた特殊な事故といった見方もできます。最近の第3世代の原子炉では、電源がなくても物理的なメカニズムで安全装置が作動する受動的安全装置がついているのだそうです。

この点を鑑みると、全国一律に原発をストップさせるのはいかにナンセンスなことかがわかるでしょう。古い原子炉のある原発を改修するために止めるなら合理的な判断だけれども、脱原発ないし反原発といったわかりやすさを大衆に見せることを、政治的には優先せざるを得ないのが現実でした。

つまり、論理ではなく情理が優先されているのです。これは良い悪いと言う以前に、実際に現実はそうなっているということを受け止めることが重要です。この点を認識しておかないと、いかに論理的な提案をしても意味を成さないでしょう。メディアは感情に訴える「見出し」作りだけではなく、どう事実とその解釈をいかに伝えるのか、しっかりと考える必要もあります。

本書は物事を考えるための重要なデータがたくさん散りばめられていて、反原発・卒原発・脱原発を謳う人も含め(批判するには相手の内在的論理を知らなくてはなりませんよね)、どんな立場の人であれ読む価値があります。定量的、客観的、科学的なデータを用いて理性的に考えることが、感情に振り回されないために必要なことです。電力は生活・産業のインフラ。資源のない日本では、経済とのトレードオフについても思いを巡らせる必要があります。とはいえ、この人間世界は論理ではなく、情理で動いていることもはっきりふまえて物事を考えるようにしたいですね。結局のところ、我々が生きている現実は連続したアナログの具体的な世界であり、デジタルに1か0かでスパッと表現したものを適用できるほど、抽象的で摩擦のない真空ではないのですから。

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この記事を書いた人

・現役世代を元気にしたいとの思いで新ブログを立ち上げ!
・本は2000冊以上読破、エッセンスを還元いたします
・金融機関で営業・調査部隊双方を経験。
・バックグラウンドは歴史とMBA

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