『いつも「時間がない」あなたに:欠乏の行動経済学』ムッライナタン、シャフィール、早川書房

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いつも「時間がない」、そんな感覚に襲われませんか?その理由は、「欠乏(スケアシティ)」にあります。経済学では、「希少性」という客観的な表現が使われるのが一般的ですが、『いつも「時間がない」あなたに:欠乏の行動経済学』では「欠乏感」、つまり切実な「足りない」という主観的感覚を強調しています。時間が足りないと嘆く人と、お金が足りなくて生活が苦しいと思っている人に共通する心理があり、その心理が行動に影響するために似たような行動が生まれるのです。この考えを検証することによって、個人や社会を悩ませている問題への理解を深めて、よりよい解決策を提示したいというのが、本書の目的になります。

本書の帯には橘玲、ダニエル・カーネマン、エリック・シュミット、ステーブン・レヴィットら名だたる人物が名を連ね賛辞を送っています。様々なめざましい実験・研究成果を応用し、期待の行動経済学者コンビがタッグを組んで初めて世に贈る1冊だからです。センディル・ムッライナタンは、ハーバード大学経済学教授。俗に「天才賞」と呼ばれるマッカーサー賞の受賞者で、専門は行動経済学・発達経済学。エルダー・シャフィールはプリンストン大学ウィリアム・スチュワート・トッド心理学教授。専門は認知科学、行動経済学。

時間に追われてそうな職業……たとえば証券会社の営業マンを考えてみよう。営業マンの数字=手数料収益の管理は、細分化していくと、年単位、半期単位、四半期単位、月単位、週単位、日単位、時間な単位です。極端な話、株式営業ならば電話一本で売上が上がるのだから、自分の時間を切り売りして、数字=成果につなげているのです。月末営業の追い込みの一日が終わると、もっと早く数字を上げていれば、もう少し楽に月末着地できたのに……と思うことはよくあることです。営業マン時代に時間に対する欠乏感を肌で感じながら仕事をしていた自分には、本書は示唆に富む事例や考えが盛りだくさんでした。以下、本文の記述は長大で具体例が豊富なので、引用しながら営業マンの仕事に当てはめて考えてみよう。こうすることで軸を持って整理できるかと思います。

本書のキーメッセージは、人の心は「欠乏」しているものに独占されてしまうということです。ひとつのことに集中するということは、ほかのことをほったらかすということでもあります。言い換えると、集中する力は物事をシャットアウトする力でもあります。欠乏は「集中」を生むと言う代わりに、欠乏は「トンネリング」を引き起こすと言うこともできます。つまり、目先の欠乏に対処することだけに、ひたすら集中してしまうのです。集中は有益なことであり、欠乏のおかげで人はそのとき最も重要と思われることに集中できます。しかし、トンネリングはそうでなく、欠乏のせいでほかのもっと重要かもしれないことがトンネルの外に押し出されてほったらかしになってしまいます。「数字を上げる」ことに心を奪われてしまうと、それに集中する一方で何かを見失ってしまう可能性があります。集中は有益な一方で、近視眼に陥るリスクも秘めています。

今週を切り抜けることに集中していると、次の週に何があるのか、細かいことまで思い至らなくなってしまう可能性があります。次の週になると、予想しておくべきだったことが起こって、びっくりすることになってしむ。これが続くと、やがて私たちが「ジャグリング」と呼ぶものになっていきます。「ジャグリング」とは、緊急の課題を曲芸並みに次から次へとやりくりすることです。お手玉をイメージしてみてもいいかもしれません。ジャグリングはトンネリングの論理的帰結です。人はトンネリングを起こすと、問題をその場しのぎで「解決」してしまう。いまできることをやるのだが、それが将来の新しい間題を生んでしまいます。数字を追いかける営業マンにとって毎週のことではあるが、無理をすると「歪み」が生まれます。それはお客様との関係であったり、あるいはスケジュールや必要な事務仕事の遅れなどにつながるかもしれないのです。

パソコンでネットサーフィンをしているとしましょう。それなりに速いコンピューターなら、次から次へとぺージを進むことができる。しかしバックグラウンドでほかにたくさんのプログラムを開いていたらどうでしょうか。欠乏は同じようなことを人の心のプロセッサーに対して行ないます。心にほかの処理の負荷をかけ続けることによって、目前の課題に向けられる「心」を少なくしてしまうのです。これが本章の中心的仮説、つまり「欠乏は直接的に処理能力を低下させる」につながります。低下するのは個人の生来の能力ではなく、その能力のうち現在使えるものです。仕事に忙殺されるあまり、たとえばつまらない事務ミスをしてしまう理由は、欠乏が引き起こす処理能力の低下に由来します。計画をしっかり立てて余裕を持って進めることは、自分のパフォーマンスを十二分に発揮することでもあります。

重要だが緊急でない活動を後回しにするのは、借金に似ています。それをしないことで、今日は時間が浮く。しかし将来につけが回る。あとでそれをやる時間(おそらく長い時間)を見つける必要があります。そうこうしているうちに、それをやらないことの代償を払うか、それをやれば得られたはずの利益を失うかもしれないのです。たとえば、オフィスが散らかっていると、仕事の生産性がはるかに落ちてしまいます。手紙の下になっている書類を見つけるのに、やたらと時間を無駄にしてしまう。あなたは日々、小さい代償を払い、その代償は締め切りのように緊急と思えるほどには大きくない。その代わり、放っておかれたオフィスのせいで、あなたはたくさんの切り傷から血を流す。ツケが回ってくる自体にならないためにも、小さなことを前に進めることが重要と言えそうです。。

火消しをしている組織にはいくつか共通点があります。第一に、「問題が多すぎて時間が足りない」。第二に、緊急の問題を解決するが、緊急でない問題はどんなに重要でもあと回しにする。第三に、これが次々に連鎖を生むので、やるべき仕事の量が増える。要するに、目前の火を消すことに時間が費やされ、火を防ぐためのことは何も行なわれないので、たえず新しい火の手が上がる。個人だけでなく、組織も欠乏の罠に陥るとき、場当たり的な対応に終始して、未来を見据えた「次の一手」が打てなくなり、下り坂を転げ落ちることになってしまうわけです。

日常生活において、「もしこれを買うと他に何を買えなくなるか?」を考えると無駄遣いは減るでしょう。「スラック」という本書の考え方を理解するとその謎は解けます。お金を払うどれくらい払うのか、その意味を理解する方法として、なぜ尺度を作る必要があるのか?原因はスラックにあります。豊かであればトレードオフは必要はありません。豊かなときに何かを買う場合、ほかの何かをあきらめなくてはならないと感じないのです。もちろん、心理的にはこれが気持ちいい。しかしそのせいで判断が下せない恐れがあります。何をあきらめることになるのかわからないと、買おうとしているものの代価はどれくらいなのか、それだけの価値が有るのか、つかみづらいわけです。スラックがあってトレードオフがないということは、ものの価値を測る直感的で簡単な方法がないということなのです。

欠乏の罠を避けるのに必要なのはたんなる豊かさではありません。使い過ぎたり先延ばしにしても、ほとんどのショックをなんとかできるだけのスラックを残せるくらい、十分な豊かさが必要です。ぐずぐず引き伸ばしても、予想外の期限に間に合わせられるだけの時間がちゃんと残るくらいの豊かさがあれば理想的です。欠乏の罠にはまらないためには、世間がもたらすショックや自分で背負い込むトラブルに対処出来るだけのスラックが求められるというわけです。結局のところ、前倒しで物事を進めておくことが欠乏の罠に陥らなくて済むことにつながります。シンプルな結論ですが、余裕があるときに出来る限りのことをしておくことが、欠乏のない未来に必要なのです。

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この記事を書いた人

・現役世代を元気にしたいとの思いで新ブログを立ち上げ!
・本は2000冊以上読破、エッセンスを還元いたします
・金融機関で営業・調査部隊双方を経験。
・バックグラウンドは歴史とMBA

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